「先生」として
20代はじめの頃、私にとって「学校の先生」という仕事がすべてでした。 一日の大半を子どもたちのこと。
家に帰っても学校の仕事。夜遅くまで、考えるのは子どものこと。
担任する子どもたちは家族のような感覚で、どの子も特別にぴかぴか光っているように見えました。
今思えば、それはその年の運で、一年限りの勝負のような出会いです。子どもたちの将来まで責任をもつのは、親の仕事。
けれど、あの濃く貴重なつながりは、今でも私にとっての大切な宝物です。
まだ若かった私が感じていたのは「責任」や「愛」。
それは、どこか親に近い感覚だったのだと思います。
だけど…20代の私は、わかっていませんでした。
親と子はつながっているのに、子どもだけを成長させ、動かそうと必死でした。
20代の頃から、保護者の方の相談を受けてきました。 面談で涙を流す親御さんたち。 当時の私は、その苦労を本当の意味でわかっていませんでした。
お話を聞くことしかできませんでした。 「じゃあ、どうする?」という作戦会議の前に必要な、 心の棚卸しをお手伝いすることしかできませんでした。
自分が親になり、学校という枠の外に出て、 ようやくあの涙の理由が、自分の痛みとしてわかるようになりました。
「親」として→学校を辞めるまで
その後、結婚して親になりました。
退職を選び、学校から離れるためには、心のリハビリが必要でした。
・はじめは担任ではなく、非常勤の先生になりました。担任する子がいないことに、少しさみしさを感じました。(←今となっては、「先生」をぬぎすてられない未練だったと思います。)
・次に、別室の先生になり、取り出し授業のお子さんや、行き渋りのお子さんを担当しました。少しずつ学校を外から見られるようになりました。並行して、フリースクールをオープンしました。だけど、「学校」という空間に戻ると、「先生」に戻ってしまう。それがとても不思議に感じられました。場がつくるものからは、なかなか逃れられないのだと感じました。
・フリースクールの運営に専念する中で、先生としての「垢」「こだわり」が、どんどん取れていくのを感じました。学校から離れることで、子どもたちが新しい自分を見つけるように。
フリースクール代表として(現在)
今、私はあの頃とは違ったつながりで、子どもたちや親御さんと向き合っています。
それは、上下のない、対等なつながり。
一年の縛りやクラスの枠がなくなり、子どもと親という存在を、もっと立体的で、自立に向かう地続きのものとして捉えられるようになりました。
それは自分が親になったからという理由だけではなく、もっと感覚的で根源的なもの。
頭でわかっていても、先生としての「垢」が多い状態ではわからないことでした。
親と子はつながり、影響し合い、まるで魂がつながっているように私には見えます。
子どもが元気になると、親御さんも元気になっていく。 親御さんが「大丈夫だよ」という気持ちで見守っていると、子どもはどんどん自分の力で羽ばたいていく。 そんな不思議な循環を、フリースクールで一緒に見守らせていただいている。今はそんな心地でいます。
「ねばならない」をぬぎすてる
今の私は、「先生だから」「親だから」という「ねばならない」が、ずいぶんと減りました。 だからこそ、フリースクールの子どもたちも自分らしく元気になっていくような。
子どもたちも「学校に行かなければならない」「失敗してはならない」の呪縛から自由になり、「今はこれを頑張りたい」「自分のために今は休もう」など、自律する人になっていきます。
誰かをどうこうしようと動かすのではなく、その人の心のなかにある「その人自身の正解」に、ただ静かに寄り添えるような。 そんなサポートを、これからも届けていきたいと思っています。